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最高裁判所大法廷 昭和37年(あ)1164号 判決

自動車運転者

近俊彰彦

主文

本件上告を棄却する。

理由

大阪高等検察庁検事長代理検察官岡正毅の上告趣意について。

本件記録によれば、被告人は本件公訴事実につき昭和三五年法律第一四一号による改正前の道路運送法一〇一条一項、一三〇条三号に該当するものとして同三五年一〇月一九日生野簡易裁判所に起訴されたが、同裁判所は刑訴三三二条により同三六年二月二一日大阪地方裁判所に本件を移送する旨の決定をしたところ、右大阪地方裁判所は所論のとおりの理由により管轄違の言渡をしたこと、道路運送法は昭和三五年法律第一四一号により、同年八月二日改正されたが、本件訴因に示された犯罪行為の後であり且つ公訴提起前である同年九月一日施行されたものであること原判示のとおりである。そして、原判決は、本件「有償運送の禁止違反」罪の刑については、本件犯行時の道路運送法一三〇条三号、一〇一条一項には、三万円以下の罰金と定められていたが、右法条は犯罪後の「道路運送法の一部を改正する法律」(昭和三五年法律第一四一号)により改正され、同法一二八条の三の二号、一〇一条一項の改正規定において、三月以下の懲役若しくは五万円以下の罰金(又はこれを併科)に変更されたのであるが、裁判所法三三条、二四条にいう罰金以下の刑にあたる罪とは訴因に適用すべき罰条の法定刑が罰金以下の刑にあたる場合をいうものであると解すべきであるから、本件のように犯罪行為の後刑罰法規の改正により刑の変更を生じた場合は刑法六条を適用して新旧比照を施し適用すべき法規を定めた後、その法定刑によつて事物管轄を定むべきものであるとし、罰金刑を科し得るのみで懲役刑を科し得ない本件については地方裁判所には管轄権がない旨を判示して、前記大阪地方裁判所の判決を違法とする検察官の控訴を棄却している。しかるに論旨引用の大阪高等裁判所の判例(同庁昭和三六年(う)第一三二二号、同年一二月二三日判決)は、本件と同様の法律関係にあつた有償運送の禁止に関する道路運送法違反被告事件につき、犯罪後の前記法律による同法の改正によつて、従前簡易裁判所が専属的に管轄した事件について地方裁判所にも管轄権が生ずるに至つた旨を判示しているのである。それ故、原判決は、論旨のように、その引用する前記大阪高等裁判所の判例と相反する判断をしたものといわなければならない。

検察官の上告趣意は、事物管轄に関する規定は裁判手続に関するものであるから、それに変更があつた場合は裁判時の法を適用すべきであるとする。しかし、事物管轄の有無は裁判手続を規制する訴訟条件ではあるけれども、刑事につき事物管轄を定めている裁判所法三三条、二四条は事件(訴因に明示されている犯罪事実)に適用すべき罰条の法定刑の軽重によつて、第一審裁判所の裁判権の分配を定めているものと解すべきであるから、裁判時の手続法を適用するといつても、当該手続法の内容をなす実体法(刑罰法規)をはなれて決定できる問題でない。しかして、本件のごとく犯罪後の法律により刑の変更があつた場合における当該手続法の内容は刑法六条の規定により本件犯罪事実に適用すべき罰条の法定刑によつて定まるものというべきである。そして、前記改正規定においては、罰金以下の刑のほかに、更に懲役刑が加えられたのであるが、本件訴因に示された犯罪事実に適用すべき罰条は刑法六条の規定により罰金以下の刑以外にはないのであるから、所論のように本件につき地方裁判所にその事物管轄が競合するものであると解する余地はない。また公訴の時効に関する論旨引用の判例は、事物管轄に関する本件には適切でない。

されば、刑訴四一〇条二項に従い、論旨引用の前記大阪高等裁判所の判例を変更して原判決を維持すべきであり、所論は採るを得ない。

よつて、同四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官横田喜三郎 裁判官入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 斎藤朔郎 城戸芳彦 石田和外 柏原語六)

(上告理由省略)

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